ボルヒールスプレーセット(目詰まり防止タイプ) 開発エピソード

目詰まりを防止するための工夫を施したスプレーの誕生・今後の課題

February 25, 2022 / KMバイオロジクス株式会社 本社/熊本事業所

福井寿啓先生

福井寿啓先生
熊本大学大学院 生命科学研究部 心臓血管外科学 教授

羽室強

羽室強
KMバイオロジクス株式会社 熊本工場 工場長

1991年に発売したボルヒール®組織接着用(以下、ボルヒール)は、販売開始して30年以上が経ちます。現在の仕様となったボルヒールスプレーセット(目詰まり防止タイプ)を供給当初よりご活用いただいている熊本大学大学院 生命科学研究部 心臓血管外科学 教授の福井先生と当時のボルヒール塗布用器具開発担当であったKMバイオロジクスの羽室が対談しました。医薬品として長期収載品であるボルヒールおよびボルヒールの塗布用器具が医療貢献の課題を解決した一つのエピソードと今後解決すべき課題について話されました。

フィブリン糊使用における課題は先端の詰まり

羽室
改良前のボルヒールスプレーに対する医療現場での評価をお教えください。
福井
フィブリン糊は血管吻合部や剥離した面でのウージング様出血(じわっと出る出血)に対して使用し、症例に応じて、3mL規格か5mL規格を選択しています。また、基本的にはスプレーを用いて広い範囲にフィブリン糊が行き渡るようにしています。
フィブリン糊は一つの手術において1回の噴霧で使い切ることはあまりなく、例えば血管の中枢側、末梢側の吻合シーンで何回かに分けて使用します。これまで、一度使用した後しばらく時間をおいて再度使用した際にスプレーの先端が詰まっていることをしばしば経験しました。この複数回使用時のスプレーの詰まりが一番の問題点だと思います。
羽室
営業担当者からもスプレーの詰まりについて改善の要望が挙がっていました。そこで、まずは詰まりの原因を調査しました。その結果、ガスで噴霧する際、スプレーの先端で薬液が気化してしまい、フィブリノゲン濃度が高まっていること、さらには気化熱で温度が下がってしまい、スプレーのノズル先端でフィブリノゲンが析出することが詰まりの原因であることがわかりました。

スプレーのノズル先端でフィブリノゲンが析出するイメージ

スプレーノズル先端(フィブリノゲン側)に液ダレや、つららができていた

詰まり改善のための試行錯誤、社内の様々な立場の人による協力

羽室
その対策として、詰まったノズルに針を刺す方法を考案しました。しかし、精密なスプレーノズル先端を傷つけずに針を刺すことは困難でした。先端を少し傷つけただけでも、噴霧やフィブリン糊の混合に影響を及ぼすことから、針を刺す案は不採用となりました。
次に、噴霧後に先端に残った薬液を吹き飛ばす方法を考案しました。薬液の通路に小さな穴をあけてエアが通るようにし、噴霧後にエアで先端の薬液を押し出す仕組みです(図)。噴霧後も数秒間はエアを止めないようにしていただく必要がありますが、この改良で先端の詰まりは大きく改善しました。

図:薬液が押し出された噴霧後の状態

青:フィブリノゲン溶液(A液)、赤:トロンビン溶液(B液)
しかしながら、それでも稀に先端が詰まってしまった場合、エアがシリンジ内に逆流してシリンジのプランジャーが押し戻されてしまう問題が上市直前に発覚しました。そこで急遽上市を延期し、スプレーとシリンジとの接続部分にエア逆流を防止する逆止弁を取り付けることで解決を図り、やっと上市にこぎつけました。
福井
逆止弁で薬液が反応して詰まることはないのでしょうか。
羽室
逆止弁の位置はフィブリノゲン溶液(A液)(以下、A液)とトロンビン溶液(B液)(以下、B液)が混ざる手前であるため、詰まることはありません。
ほかにも工夫した点としては、スプレーのどちらにA液のシリンジとB液のシリンジを装着するかわかりやすくするために、シリンジ挿入部分に青と赤のリングを取り付け、色で判別可能となるようにしました。実はこの案は一緒に検討していた女性パートタイマーの方のアイデアです。
福井
確かに2液を付け間違える問題は実際にありました。今はその工夫のおかげで付け間違える問題は無くなったと思います。
手術中にいつスプレーが詰まるかという不安が常にあり、詰まった場合にはスプレーの取り替えも必要でした。詰まりが改善されてからはそのようなストレスが軽減されたため、繰り返し使用する時も安心感があります。

心臓血管外科手術における様々なシーンで使用できる塗布用器具の開発が必要

羽室
詰まりの問題についてはある程度改善されたかと思います。そのほかに、現在、ボルヒールの使用について医療現場で問題や課題となっていることはありますでしょうか。
福井
やはり噴霧後数秒間はエアを止めないように気を付けなければいけないとか、スプレーノズル先端が少し患部などに触れただけで凝固反応が起きてしまうといった、細かい点はあるかと思います。
現在、詰まってしまった場合にはスプレーを外して生理食塩水を通しています。しかしながら、20mLのシリンジでは圧が足りず、また生理食塩水用のシリンジを準備するのに時間がかかるという問題点もあります。
羽室
更なる詰まり防止を目指し、スプレーノズル先端のフィブリノゲンの析出を防ぐため、スプレーを生理食塩水に浸けておく器具「ボルヒール®スプレードック®ホルダータイプ」も開発しました。

ボルヒール®スプレードック®にボルヒールスプレーセット
(目詰まり防止タイプ)を装着した状態

福井
過去に何回か使用したこともあります。フィブリン糊を無駄にしないためには、やはりそういった器具の使用が重要かと思います。
羽室
心臓血管外科の手術が進歩していく中で、さらに課題があればお教えください。
福井
大動脈手術のような出血点がわかりにくい箇所、奥まった箇所にもフィブリン糊が届きやすいノズルのようなものがあればよいのではないでしょうか。先端の形状を変更できるとよいかと思います。
また、小切開手術における糸が掛けにくい小さな出血点にはフィブリン糊が有用です。そこに届く工夫が必要ではないでしょうか。
羽室
貴重なご意見ありがとうございます。今後の開発品の参考にさせていただきます。
ボルヒールはこれまで塗布や噴霧のための塗布用器具でシェアを伸ばしてきました。これからも先生方の要望を踏まえながら、新たな、より使いやすい器具を開発していきたいと思っています。
福井
よろしくお願いします。今後の医療貢献につなげていただきたいと思います。

(写真および所属・役職名等は取材当時のもの)

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