エンセバック®皮下注用 開発エピソード

マウス脳由来ワクチンから細胞培養ワクチンへの改良・今後の日本脳炎ワクチン課題

July 4, 2021 / ANAクラウンプラザホテル福岡

宮﨑千明先生

宮﨑千明先生
福岡市社会福祉事業団 医療主幹

岡田賢司先生

岡田賢司先生
福岡看護大学大学院 看護学研究科 教授

園田憲悟・宇野信吾・諸熊一則・小倉一朗

KMバイオロジクス株式会社

わが国で1955年より製造・販売を開始した日本脳炎ワクチン(以下「マウス脳ワクチン」)は、国内の日本脳炎対策に大きく貢献してきました。しかし2005年に、マウス脳ワクチン接種後の重篤な有害事象(急性散在性脳脊髄炎、以下「ADEM」)について、ワクチンとの因果関係が否定できないと認定され、積極的勧奨の差し控えに至りました。

現在、KMバイオロジクス株式会社(以下「KMバイオロジクス」)が製造・販売する細胞培養日本脳炎ワクチン「エンセバック®皮下注用」(以下「エンセバック」)は過去のさまざまな課題を解決すべく、製造方法の改良を行ったワクチンです。

今回、エンセバックの開発に携わられた宮﨑千明先生や岡田賢司先生にKMバイオロジクスの当時の開発担当者を交え、開発時のエピソードから、今後の課題や当社への期待までを対談にてお話しいただきました。

エンセバックの製造方法はウイルス株および製造方法の変更を経て確立された

宮﨑
日本脳炎ワクチンの製造・販売の歴史は1955年から始まります。当初は日本国内で分離された「中山予研株」が製造に使用されていましたが、1989年からは「北京株」が使用されています。当時の厚労省日本脳炎ワクチン研究班が行った野外試験により、北京株の方が中山予研株よりも交叉中和能と抗体産生能が高いことが確認されたためです。
日本脳炎はかつて国内で大流行を起こしたこともあるのですが、北京株に変更した後の1990年代には年間の患者数は10例程度にまで低下していました1)。ただし、これは北京株に変更したことによる効果というよりは、日本脳炎の媒介に関係するブタの飼育環境と蚊の発生源である稲作環境の変化が大きく影響しているのではないかと考えています。
岡田
北京株への変更に伴って抗原量が従来の倍となり、3歳以上への接種量が1mLから0.5mLに変更されました。ワクチンの精製度もこのときに変わったのでしょうか。
KMバイオロジクス
株の変更に伴って精製度が変わったわけではありませんが、日本脳炎ワクチンは段階的に精製度を向上させていったワクチンです。実用化された1955年当時の日本脳炎ワクチンは、日本脳炎ウイルスを脳内接種させたマウス脳の乳化剤の上清に不活化剤を添加して不活化し、その溶液を希釈したものだったように読み取れ、マウス脳成分を多く含むものであった可能性があります。その後は硫酸プロタミン処理や活性炭による不活化液の粗精製が行われるなどして精製度は徐々に高まり、1965年には超遠心分離法等のより効果的な精製工程に組み込まれたことで高度精製ワクチンとして製造されるようになりました。それに伴い、製造量および接種できる量は増加していきました。
岡田
2004年に第三期※1で日本脳炎ワクチンを接種した中学生にADEMが発生し、疾病・障害認定審査会でワクチン接種との因果関係が否定できないと認定されたことがきっかけとなって、2005年5月30日には積極的勧奨差し控えが通知されました2)。この流れは非常に速いように感じますが、ワクチン接種に空白期間が生じてしまう恐れはなかったのでしょうか。
KMバイオロジクス
積極的勧奨が差し控えられた2005年当時、国内2社(財団法人 阪大微生物病研究会、財団法人 化学及血清療法研究所)ではVero細胞を用いたワクチン(以下、新ワクチン)の開発が進んでいて、国としてはあまり間を置かずに新ワクチンが出てくると期待していたのだろうと考えられます。
宮﨑
積極的勧奨差し控えの通知2)にも「マウス脳による製法の日本脳炎ワクチンの使用と重症のADEMとの因果関係を肯定する論拠があると判断されたことから、現時点ではより慎重を期するため、定期の予防接種においては、現行の日本脳炎ワクチン接種の積極的な勧奨をしないこととされたい」との文言があり、併せて「おって、よりリスクが低いと期待される組織培養法による日本脳炎ワクチンが現在開発中であり、その供給が可能となる体制ができたときに供給に応じ、接種勧奨を再開する予定である」と記載されていました。

臨床試験における用量設定の重要性を示唆した、初めてのワクチン

宮﨑
新ワクチンは当初、有効成分量が従来のマウス脳ワクチンと同等量の液状シリンジ剤での開発を進めていましたが、2回目の接種後の発熱率が従来ワクチンよりも上昇したという結果を受け、独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(以下「PMDA」)からは「細胞培養由来に変更したことで抗原性が高まっているのではないか」という指摘が入りました。
現在の臨床試験ではPhaseⅠで安全性を確認し、PhaseⅡで用量設定試験を行うのがスタンダードですが、当時は用量設定試験が不要だったので、PhaseⅢの段階における発熱の頻度が従来よりも高かったことに対し、説明できるだけのデータを有していませんでした。そのため、追加の臨床試験として、有効成分の量を減らした場合の有効性と安全性を確認する必要が出てきました。
KMバイオロジクス
用量反応性を確認するために、2つの用量で臨床試験を行いました3)
岡田
今から考えると、基材を細胞培養に変更したことで純度は高くなったと推測されますが、当時は抗原量と抗体価が比例するということは知られていませんでした。用量を複数設定したところ、ワクチンでも用量依存的に抗体価が変化するということが確認されたということですね。
宮﨑
新ワクチンで発熱率が上昇したのは、含有する有効成分の精製度がマウス脳ワクチンよりも高かったために、抗原性もより強まって発生していたと推測されます。当時は有効成分をピュアにすればするほど発熱リスクは低下すると考えられていましたが、副反応は有効成分を精製することでは減らない、むしろ抗原性が強くなることで、発熱率は上がる可能性があることに初めて気付かされたワクチンでもあります。
また、日本脳炎ワクチンは全粒子ワクチンなので免疫を惹起しやすいことも影響したのではないかと考えられます。抗原量をマウス脳ワクチンより減らしてもなお抗体価が高く、それが発熱率の上昇というかたちで現れたのではないでしょうか。
KMバイオロジクス
PMDAからは用量反応性の確認と同時に、安定性の向上についても指摘を受けていたため、凍結乾燥製剤の開発に切り替えることになりました。
岡田
液状製剤と凍結乾燥製剤の成分は同じですか。
KMバイオロジクス
凍結乾燥製剤には賦形剤として乳糖水和物を添加していますが、大きな違いはありません。こういった経緯を経て、2011年に乾燥細胞培養日本脳炎ワクチン「エンセバック®皮下注用」が承認されるに至りました。

製造方法の変更が、接種時期変更の検討につながった

岡田
マウス脳ワクチンからVero細胞由来の凍結乾燥製剤に変わったことで、ADEMの発生率に注目が集まったかと思いますが、発生頻度に何らかの影響はあったのでしょうか。
宮﨑
まず、積極的勧奨の差し控え前後におけるADEMの発生頻度に、変化は認められませんでした4)
他のワクチンやウイルス、細菌感染によってもADEMは引き起こされますので、ADEMは日本脳炎ワクチン特有の問題ではないと考えられます。九州大学の小児科等を中心に行われた小児のADEMの全国疫学調査をみると、もともとADEMの好発年齢と日本脳炎ワクチンの接種対象年齢が重なります。また、思春期におけるADEM発症例には多発性硬化症の初発例が紛れ込んでいる可能性も考えられます5)
KMバイオロジクス
接種開始はなぜ3歳以降と決まったのでしょうか。
宮﨑
1994年の予防接種法改正※2に向けて議論をしていた当時、1980~90年には年間数十例の報告がありましたが1)、発症は3歳以降が多かったのです6)。一方、0~2歳は急性脳症、細菌性髄膜炎、熱性けいれんなどの急性神経系疾患が多く7)、紛れ込みを防ぐためにも標準的な接種年齢は3歳以降でという結論に至りました。
岡田
乳幼児は接種するワクチンの種類が多く、接種スケジュールも煩雑です。発生頻度からすると、3歳まで待ってもよいともいえますね。
宮﨑
3~15歳で行われていた集団による臨時接種を個別による定期接種にスムーズに移行させる目的もありました。しかし、科学的には3歳よりも前からの接種が妥当と考えています。1990年代から小児での発症例は減少していたこともあり、0~2歳児ではリスクが高いとは考えられていませんでしたが、積極的勧奨が差し控えられていた間にも小児での発症例が散見されていました。2015年には0歳児の発症例が報告されたことを受け、日本小児科学会からは現在、「日本脳炎流行地域に渡航・滞在する小児、最近日本脳炎患者が発生した地域・ブタの日本脳炎抗体保有率が高い地域に居住する小児に対しては、生後6ヵ月から日本脳炎ワクチンの接種を開始することが推奨されます。」という方針が発表されています8)
KMバイオロジクス
私どもでも調査いたしましたが、2019年上期までのデータによると、九州では半数以上が3歳未満で接種しています9)。東南アジアや南アジアでは1歳から、国によっては9ヵ月ごろから接種開始しているところもあります9), 10)

WHOの西太平洋および南東アジア地域における日本脳炎ワクチン接種スケジュール

国名 ワクチンの種類 接種時期
日本 不活化 ① 36ヵ月 ② 37ヵ月 ③ 4歳 ④ 9~12歳
カンボジア 9ヵ月
中国 不活化 ① 8ヵ月 ② 7~10日後 ③ 2歳 ④ 6歳
① 8ヵ月 ② 2歳
インド 不活化 ① 9~12ヵ月 ② 16~24ヵ月
① 9~12ヵ月 ② 16~24ヵ月
インドネシア 10ヵ月
韓国 不活化 ① 12~23ヵ月 ② 7~30日後 ③ 12ヵ月後 ④ 6歳 ⑤ 12歳
① 12~23ヵ月 ② 12ヵ月後
ラオス 9ヵ月
マレーシア ① 9ヵ月 ② 21ヵ月
ミャンマー 9ヵ月
ネパール 12ヵ月
スリランカ 1歳
タイ ① 1歳 ② 2歳 ③ 5歳
ベトナム 不活化 ① 12ヵ月 ② 2週間後 ③ 2歳
  • WHO vaccine-preventable diseases: monitoring system. 2020 global summary(. 2022年1月確認),
  • 日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール(2021年3月24日版)より作表
宮﨑
日本でも標準的接種年齢を下げてもよいと思いますが、日本脳炎には蚊が媒介するという季節性があることから、6ヵ月以降の乳幼児で流行シーズンに合わせるのが適切な接種方法ではないかと考えています。日本脳炎の好発時期に備えて、夏に入る前に接種が終わっている状態が理想です。
岡田
私も日本小児科学会の推奨に従い、初めての夏を迎える生後6ヵ月以降の乳幼児には、日本脳炎ワクチン接種をするように勧めています。Hibや肺炎球菌、4種混合等、他のワクチン接種が終わっていて、かつ5~6月であれば、BCGとの同時接種を提案しています。

日本脳炎ワクチンにおける今後の課題に向けた取り組み

宮﨑
日本脳炎ワクチンの細胞培養化には「安定供給」という目的もありました。マウスという生物原料を用いないことで品質を安定化させることができます。それ以外にマウスから未知のウイルスが混入するリスク、大量のマウスを使用することへの動物愛護の問題、製造に使用したマウスを焼却する環境への負荷といったさまざまな問題のクリアにもつながりました。
KMバイオロジクス
安定供給を実現するための取り組みとして、業界全体で出荷のスピードを上げることを目指し、従来は国家検定後に行われていたワクチンの包装工程を検定と並行できるようになっています11)。これにより、国家検定合格から出荷までの期間を短縮できるようになりました。
それでも、ワクチンは生物学的製剤ですので、製造開始から市場に供給されるまでに期間を要します。製造工程のどこかに支障を来した場合、その影響は非常に大きいことには変わりません。
岡田
麻疹が集団発生した際にも、急激な需要の高まりによるMRワクチンの偏在が懸念されたことがあります。この経験からも国家検定にかかる期間を短縮する必要性が検討されていましたが、需要に対する供給を根本的に安定化させるためには、原材料を国内調達できるようにする必要があるのではないでしょうか。
KMバイオロジクス
可能であればすべての材料を国産化することは望ましいと考えられます。原料を製造するメーカーのキャパの問題もありますので、すぐに対応することは困難ですが、段階的に進めていく必要があると考えています。
宮﨑
平時からもワクチンのストックを作っておかなければ、急に需要が高まった際に流通在庫だけでカバーするのは難しいように思います。
KMバイオロジクス
それも非常に重要です。しかし、ワクチンは有効期間が短いという特徴があり、安定性を意識した製品開発が必要と感じています。一方で、品質管理試験における動物実験にかかる期間の長さも課題です。中には力価試験や不活化試験等、1ヵ月ほどかかる試験もあります。
現在、欧州では3Rs12)※3という流れの中で狂犬病ワクチンの試験で動物実験からELISA等の理化学的試験への切り替えが進んでいます13)。動物愛護の観点からも、日本国内でもなるべく早く切り替えていけるよう、検討を重ねていかなければならない時期にあると思います。
宮﨑
エンセバックの発売からはや10年が経ちましたが、長期的なデータの収集はいまだ十分とは言えません。評価が定まるまでには、あと10年は必要です。今後も地道にフォローを継続することが重要です。
岡田
現在の製品に対する長期的なフォローも重要ですが、可能であれば接種量の統一に取り組んでいただきたいと考えています。日本脳炎ワクチンは接種量が3歳未満で0.25mL、3歳以上から0.5mLに設定されていますので、接種現場では接種量の打ち間違いが起こりやすいワクチンです。用量の変更には治験が必須なので簡単ではないと思いますが、全年齢に対し同量を接種できるように改良していただければ、接種量の打ち間違いのリスクがなくなります。
KMバイオロジクス
今回の対談を通じ、ワクチン開発に伴う課題を明らかにすることができました。課題解決に向けて着実に取り組むとともに、安定供給、適切な情報収集・提供に努めてまいります。

(写真および所属・役職名等は取材当時のもの)

  • ※1 第三期(14~15歳):2005年7月29日予防接種法施行令の一部を改正する政令、予防接種法施行規則および予防接種実施規則の一部を改正する省令(健感発第0729001号)により中止
  • ※2 一般的な臨時接種を廃止し、日本脳炎を定期接種化(予防接種法及び結核予防法の一部を改正する法律)
  • ※3 Replacement(代替):「できる限り動物を供する方法に代わり得るものを利用すること」
    Reduction(削減):「できる限りその利用に供される動物の数を少なくすること」
    Refinement(改善):「できる限り動物に苦痛を与えない方法によること」

参考文献

  • 1) 国立感染症研究所 感染症情報センタ―. 日本脳炎 Q&A 第2版(平成21年6月4日一部修正).
    http://idsc.nih.go.jp/disease/JEncephalitis/QAJE.html (2021.9閲覧)
  • 2) 厚生労働省. 定期の予防接種における日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨の差し控えについて(勧告).
    健感発第0530001号, 平成17年5月30日.
  • 3) エンセバック®皮下注用 申請資料概要(2011年1月17日承認 CTD 2.5).
  • 4) 宮﨑千明. 小児感染免疫. 2009; Vol.21(1): 24-28.
  • 5) Yamaguchi Y., et al. Neurology. 2016; 87(19): 2006-2015.
  • 6) 新井智ほか. 臨床とウイルス. 2004; 32(1): 13-22.
  • 7) 宮﨑千明.小児科診療. 2004; 67(11) :2056-2062.
  • 8) 公益社団法人 日本小児科学会. 日本脳炎罹患リスクの高い者に対する生後6か月からの日本脳炎ワクチンの推奨について.
    https://www.jpeds.or.jp/modules/news/index.php?content_id=197(2021.9閲覧)
  • 9)宇野信吾, 河崎康成, 中村暁央. 新薬と臨牀. 2020; 69(9): 1087-1097.
  • 10)WHO vaccine-preventable diseases: monitoring system. 2020 global summary.
    https://apps.who.int/immunization_monitoring/globalsummary(2022.1閲覧)
  • 11) 一般社団法人日本ワクチン産業協会. ワクチンの基礎, 2021年8月改訂版.
  • 12) 環境省. 実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準の解説.
  • 13) Gibert R., et al. Vaccine. 2013; 31(50): 6022-6029.

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