血友病インヒビターについて

監修:奈良県立医科大学小児科 教授 嶋 緑倫 先生

血友病インヒビターとは?

血友病の患者さんに製剤(今まで体の中になかった第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子)を投与すると、投与された第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子が異物とみなされ、第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子の働きを妨害(中和)する"抗体"が発生することがあります。この"抗体"をインヒビターと呼びます。

インヒビターは主に重症(凝固活性が1%以下)、または中等症(凝固活性が1~5%)の血友病で起こるといわれており、軽症(凝固活性が5%以上)の人にはほとんど見られません。

  • ※凝固活性:健康な人の第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子の機能を100%として算出します。

インヒビターの大部分は治療を開始して間もなく発生する傾向にあります(10~20日治療日以内)。

血友病Bに比べ血友病Aの方がよりインヒビター発生の頻度が高い傾向にあります。

インヒビター量の単位は"ベセスダ(Bethesda)"といい、健康な人の血漿1mL中の第Ⅷ(8)または第Ⅸ(9)因子の機能(凝固活性)を半分に低減するインヒビター(抗体)を1べセスダ単位(1BU)といいます。

ベセスダ単位が大きいほど、多くのインヒビターが存在することになります。

インヒビターのでき方

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インヒビターのタイプ

インヒビターには大きく分けて2つのタイプがあり、作られるインヒビターの量によって、高力価(5BU/mL以上)、低力価(5BU/mL未満)に区分されます。また第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子に対する反応性にも違いがあり、ローレスポンダーあるいはハイレスポンダーに区分けされます。

☆ローレスポンダー
製剤(第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子)の投与を続けても5BU/mL以下の低い抗体量で推移するもの
☆ハイレスポンダー
製剤(第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子)の投与後1週間以内に急速に抗体量が増加し、一度でも5BU/mL以上となったもの

ローレスポンダーの患者さんは同じ補充療法をそのまま続けると、インヒビターが一過性で消失することがあります。

ハイレスポンダーの患者さんは長期間補充療法を行わなければ、インヒビター値は低下してきますが、補充療法を行えば再びインヒビター値が上昇します(Anamnestic responseといいます)。そのため、重度の出血や手術時には第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子活性のモニタリングを適宜行い、止血効果が不十分な時はタイミングを逸せずバイパス製剤に変更する必要があります。

インヒビター患者さんの出血の治療

血友病インヒビター患者さんの治療法は以下の2通りがあります。

①出血時もしくは手術時の止血方法 ②インヒビターを無くすことを目的とした治療
①は第Ⅷ(8)、または第Ⅸ(9)因子を用いてインヒビターを中和する中和療法と、バイパス止血治療製剤を用いた止血方法です。 ②は免疫寛容導入療法が重要です。

急性時出血
もしくは手術時の止血療法
非出血時におけるインヒビター消失を目的とした治療
インヒビター中和療法
(第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子製剤)
バイパス製剤の止血療法
(血液凝固第Ⅹ(10)因子加活性化第Ⅶ(7)因子(FⅦa/FⅩ)、血液凝固因子抗体迂回活性複合体(aPCC)、遺伝子組換え活性化第Ⅶ(7)因子(rFⅦa))
免疫寛容導入療法
(Immune Tolerance Induction : ITI)

止血方法

中和療法

血液凝固第Ⅷ(8)因子、または第Ⅸ(9)因子製剤を大量に投与しインヒビターを中和します。
【計算式】インヒビターの中和に必要な量(単位)=40×体重(kg)×(100-Ht)/100×BU

  • ※Ht:ヘマトクリット(%)、BU:インヒビター値(BU/mL)

止血には中和量に追加の第Ⅷ(8)因子、もしくは第Ⅸ(9)因子を加えた量の製剤を投与します。
【計算式】止血に必要な量(単位)(※「血友病について」の"製剤投与"の項をご参照ください。)
 第Ⅷ因子:必要投与量(単位)=体重(kg)×目標ピーク因子レベル(%)※1×0.5
 第Ⅸ因子:必要投与量(単位)=体重(kg)×目標ピーク因子レベル(%)※1×(1-1.4)※2(または第Ⅷ因子の必要投与量の1.5-2倍量)

  • ※1:目標ピーク因子レベル:止血に必要な血液中の凝固因子の最高時濃度を目標ピーク因子レベルといいます。
  • ※2:第Ⅸ(9)因子の回収率は個人差が大きく※2で示した係数に幅があるので(1-1.4)主治医にご相談ください。

計算式で得られた量はあくまでも理論値であり、重篤な出血や手術時には必ず製剤の投与後の第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子活性を測定し、補正する必要があります。

アナフィラキシーなどのアレルギー反応の既往歴をもつ血友病Bインヒビターでは抗ヒスタミン薬やステロイド薬の前投与が必要です。

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バイパス止血療法

血液凝固第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子は、内因系と外因系の凝固因子が交わるところで作用を発揮しますが、製剤の投与によりインヒビターが出来ると、血液凝固第Ⅷ(8)、第Ⅸ(9)因子は効かなくなります。

そこで、第Ⅷ(8)因子、または第Ⅸ(9)因子製剤に頼らず、迂回して止血する過程を進めなければなりません。この迂回して進めるために使用する凝固因子製剤を"バイパス製剤"といいます。

バイパス製剤は、血液凝固第Ⅹ(10)因子加活性化第Ⅶ(7)因子(FⅦa/FX)、血液凝固因子抗体迂回活性複合体(aPCC)、遺伝子組換え活性化第Ⅶ(7)因子(rFⅦa)があります。

インヒビターを無くす方法

免疫寛容導入療法

凝固因子製剤を長い間、繰り返して投与することで体を第Ⅷ(8)因子や第Ⅸ(9)因子に慣らしてインヒビターの発生を無くし、さらに凝固因子製剤による治療を可能にする方法を「免疫寛容導入療法」(Immune Tolerance Induction ; ITI)と呼びます。

免疫寛容導入療法を行う時、次の条件に当てはまるとインヒビターが消失する可能性が高いとされています。

  1. 免疫寛容導入療法開始時のインヒビター力価が低い
  2. 過去のインヒビター力価の最高値が低い
  3. インヒビター発生から免疫寛容導入療法までの期間が短い

製剤の投与

インヒビターを持った血友病患者さんは最近のインヒビター値を基に、まず5BU/mL未満、5BU/mL以上、もしくはインヒビター値が不明に分類し、さらに各々で、ローレスポンダー、ハイレスポンダー、反応性不明の場合に分類することで使用する製剤が決められます。

「インヒビター保有先天性血友病患者に対する止血治療ガイドライン」(日本血栓止血学会)より引用

  • *1:少なくとも最近数カ月以内のインヒビター値を指すが、重度の出血や手術時では直近にインヒビター値が必要である
  • *2:重度の出血とは致死的な出血もしくは後遺症を残す可能性もある重篤な関節や筋肉内出血を指す。
  • *3:大手術とは生命にかかわる手術およびそれ以外でも出血量が多く止血困難が予想される手術を指す。
  • *4:5-10BU/mLのインヒビターでは血漿交換を行わなくても、理論的には高用量の第Ⅷ(Ⅸ)因子製剤による中和が可能である。

出血時の対処

応急処置を行い、製剤の投与が必要です。また出血部位によっては緊急の主治医への連絡が必要です。

出血部位 主な症状と補充療法
関節内
筋肉内
関節の腫れ、痛み、違和感、むずむず感などが現れます。筋肉では筋肉痛のようなだんだん熱を帯び、腫れてきます。特に腸腰筋出血では、股関節の伸展障害(腸腰筋位)症状を特徴とする重要な出血で入院治療が必要になります。至急の製剤投与が必要です。
出血した場所を冷やし(関節や筋肉の損傷を防ぎます)、至急、主治医へ連絡してください。
口腔内 口の中をかむ、歯肉の炎症、歯の治療によって起こります。出血部分を圧迫します。止まりにくい場合は飲み薬のトラネキサム酸を使います。止血できない場合は製剤の注射が必要です。主治医に連絡してください。
皮下 打ち身による内出血(青あざ)が起こりますが、多くの場合は何もしなくても血が止まります。首や顔の出血の場合やはれが大きい場合は製剤の投与が必要です。主治医に連絡してください。
鼻粘膜 鼻をかむ、ほじる、くしゃみ等で起こります。ワセリンなどの刺激のない軟膏を塗布したガーゼ、脱脂綿等を詰め込み、圧迫します。止血できない場合は製剤の注射が必要です。主治医に連絡してください。
軽いけが
(切り傷、すり傷)
ガーゼ等で圧迫します。止血できない場合は製剤の注射が必要です。主治医に連絡してください。
血尿 腎臓や尿道の出血により起こります。軽度の場合は水分(または補液)をとって安静にします。
血尿を繰り返す場合は主治医に連絡してください。トラネキサム酸は使用できません。
頭蓋内
頸部やのど
腹腔内
緊急を要する出血(生命に関わる重大な出血)です。頭を打つことでおこり、頭が痛い、吐き気がする、痙攣する、熱が出るなどの症状は注意です。首周りでは、気道や血管、神経を圧迫して生命に関わります。入院治療が必要になります。至急の製剤投与が必要です。主治医へ連絡してください。

日常生活上での注意点

【日常生活の注意】

  1. 軽いすり傷や切傷のような場合には、出血部位の付近を水道水などで十分に洗い、清潔なガーゼ等で圧迫すると止血できます。止血できない場合、出血量が多いと感じた場合は、製剤を投与し主治医や医療スタッフに相談してください。
  2. 頭をぶつけた場合や、頭の中の出血、首周りやのどの出血、腰や腹の筋肉の出血は緊急の対応が必要です。直ぐに製剤を注射して、直ぐに病院にいきましょう。
  3. 飲むのを避けたい薬
    解熱鎮痛剤に含まれるアスピリンやインドメタシンは止血を妨げる作用があるので、これらの成分を含む薬は飲まないでください。薬局・薬店で売っている風邪薬や解熱鎮痛剤にも入っている事があるので、購入時には薬剤師に成分を確認しましょう。解熱・鎮痛剤としてはアセトアミノフェンが最も安全です。

【今後の生活にあたって】

  1. 保育園、幼稚園、学校での生活では・・・
    出血すると止まりにくい事や出血した際の一般的な対処法(安静=rest, 冷やす=ice, 圧迫=compression, 挙上=elevation:これらをRICEといいます。)を園、学校側へ説明しておくといいでしょう。緊急時の連絡先もあらかじめ伝えておき、出血時には直ぐに連絡してもらえるようにしましょう。
  1. 旅行(国内、海外)するときは・・・
    旅先で緊急時にかかれる病院や対応について事前に主治医に相談しておくと安心です。また、何度も治療を受けている場合は、事前の治療(予防投与)や、製剤を携帯することも可能です。製薬会社が作っているヘモフィリアハンドブック(血友病手帳)を使うと便利です(ご希望により提供しますので、主治医に申し出てください)。海外旅行の場合はヘモフィリアハンドブックの該当項目を事前に主治医に英文で記載してもらってください。
  • ヘモフィリアハンドブック(血友病手帳)
    ヘモフィリアハンドブック(血友病手帳)
  1. 就職や結婚するとき
    病気の説明に関して必要であれば、主治医や医療スタッフに相談してください。

【受診時や緊急時に備えて】

  1. 出血と治療内容を記録しましょう!
    出血の日時、箇所、痛みや腫れの有無、対処法(製剤の点滴または内服、圧迫止血など)や効果、製剤名、単位数、ロット番号や投与量などの記録をつけましょう。製薬会社が作っているヘモフィリアハンドブック(血友病手帳)や緊急カードを使うと便利です(ご希望により提供しますので、主治医に申し出てください)。受診時に主治医にそれを見せる事により来院までの病状の経過を理解してもらえます。また患者さん自身で病状や治療の経過が把握できるようになります。
  2. 緊急時に備えましょう!
    名前、生年月日、家族名、緊急連絡先、病名、病院名、病院の連絡先、診察券番号、主治医名、製剤名、単位数、ロット番号、投与量などを記入したカード等を用意しておくと便利です。製薬会社が作ってるヘモフィリアハンドブック(血友病手帳)や緊急カードを使うと便利です(ご希望により提供しますので、主治医に申し出てください)。また、緊急時の連絡方法や夜間、日曜・祝日に受診可能な医療機関を確認しておくことも大事です。