無細胞百日咳ワクチン 開発エピソード

アセルラーからコンポーネントワクチンへ・今後のDPTワクチンの課題

※4種混合ワクチンの成分

July 4, 2021 / ANAクラウンプラザホテル福岡

岡田賢司先生

岡田賢司先生
福岡看護大学大学院 看護学研究科 教授

宮﨑千明先生

宮﨑千明先生
福岡市社会福祉事業団 医療主幹

園田憲悟・宇野信吾・諸熊一則・小倉一朗

KMバイオロジクス株式会社

現在、国内外で広く使用されている菌体を含まない無細胞百日咳ワクチンは国立予防衛生研究所(以下「予研」、現在の国立感染症研究所)の佐藤 勇治先生(以下「佐藤先生」)を中心とした研究グループが開発したことで有名です。その後、抗原成分の精製方法は各メーカーに任せられたということですが、当時はどのような問題や課題があって、それをどのように克服してきたのかを岡田賢司先生、宮﨑千明先生、そしてKMバイオロジクス株式会社(以下「KMバイオロジクス」)の当時の開発担当者を交え、対談にて振り返っていただきました。

菌体を含まず画分のままで精製を応用させていった他のメーカーと、抗原成分の単離精製 (コンポーネント化) を目指した当社

諸熊
当時、予研とメーカーが連携しながら、百日咳菌の培養上清中に存在する抗原成分を用いたワクチンの開発を進めました。これが菌体を用いないアセルラーワクチン(無細胞百日咳ワクチン)というものです。
岡田
予研とメーカーとの間では、精製方法に関して細かく打ち合わせていたのですか?
諸熊
大まかに硫安分画で取ろうという方針はありましたが、それから先はメーカーの自助努力で進めました。百日咳菌はグラム陰性菌のため、発熱物質であるエンドトキシンの塊の中から抗原成分を取り出す必要があり、その精製が難しかったと聞きました。
岡田
たしかに、各メーカーで方法はばらばらですよね。精製方法をメーカー間で話し合うことはしなかったのですか?
諸熊
当時、百日咳菌そのものを不活化した全菌体ワクチンよりも副反応の少ないワクチンの早急な開発が求められていたため、メーカー間で精製方法を合せるなど直接的な話し合いはなかったと聞いています。
園田
各社が分画を応用させていくなか、当社は抗原成分を単離精製しようという流れになりましたよね。
諸熊
そうですね。当時携わった人の力というか興味だったと思いますが、予研と連携しながら、感染防御抗原として重要な2つの成分である百日咳毒素(PT)と繊維状赤血球凝集素(FHA)を別々に取り出した方がより精製度が上がるとの理由で独自に進めたと思います。
宮﨑
最終的にはクロマトグラフィー等も使って精度を上げながら、PTとFHAの比率を2:8に設定したのですね。その比率はどうやって決定したのですか?
諸熊
過去の調査結果から、百日咳菌を静置培養すると培養上清中にPTとFHAが平均して2:8の割合で出てくるので、そこをターゲットとしています。
宮﨑
元々の成分がその割合で入っているということなのですね。
岡田
当時、今でもそうですが、どの成分がどれくらい必要なのかは世界中で野外試験および比較試験も行われていないので、分からなかったんですよね。そのなかで、当時の化学及血清療法研究所(以下「化血研」)は、感染防御に必要なものだけを精製してワクチンにしようという考えだったのですね。それが今となっては製造側としては良かったのでしょうか?
諸熊
PTとFHAという2つはっきりした成分があって、それぞれ取り出したものを決まった比率で混ぜ合わせるので作りやすいですよね。培養は都度出方が違いますし、PT・FHA以外にも他にもいくつかの成分があり、それらをどの程度どのくらいの割合で含めたらよいのか、あるいはそもそも必要なのかも含めて、その製造管理は難しいだろうと思います。

1981年の無細胞百日咳ワクチンの実用化から9年 PT・FHA単離ワクチンを上市

岡田
PT無毒化はどのタイミングで行うのでしょうか?KMバイオロジクスではPT精製後、最後に無毒化するのですか?
諸熊
そうですね。
岡田
最初にホルマリンで無毒化するのとはおそらく抗原性が変わりますよね。その比較はされたのですか?
諸熊
比較はしていません。最初にホルマリンを加えると、PTと不純物が混ざり合ったまま変性するためPTの単離精製が困難になります。まずPTを毒素の状態で純品として取り出して、そのあとにホルマリンでたたくという方法で進めました。
岡田
なるほど。最初にタンパク質を変性させるよりは、破傷風やジフテリアの毒素のように、ほぼ純品に近い毒素にしてから最後に変性させるのですね。
宇野
佐藤先生のグループでは、最初に無毒化していたのですよね。その後、当社がクロマトグラフィーを精製工程に加えたときには最後に無毒化するようになったのですね。
諸熊
そうですね。アセルラーワクチンから、PT・FHAの単離ワクチンに変わったときにそのように変えました(表)。

化血研製 DPT(ジフテリア・百日咳・破傷風 三種混合ワクチン)の変遷

1981年 無細胞百日咳ワクチン実用化
1989年 百日咳コンポーネント化(PT・FHA単離ワクチン)
1994年 ジフテリア、破傷風の製法改良(DPT成分全てクロマトグラフィー精製)

アセルラーワクチンで感染防御・コントロールできた実績をもとにPT・FHAの抗原量を設定

岡田
4、5年ほど前、佐藤先生に話を伺ったときに、何をもってワクチンを開発するかというのは、一番は安全性、死亡例がないことと仰っています。その時から疑問に思っていることは、当時、百日咳ワクチンは感染予防なのか発症予防を目的としているのか、どこまでコンセンサスが得られていたのかということです。
宮﨑
どのメーカーもPTとFHAを含んでいるということは、一応両方を狙ったのだろうと考えられますね。症状に関係するであろうPTで発症を抑えるとして、FHAだけで感染が抑えられるかどうか分からないけれど、これらがメインだろうという考えだったのではないでしょうか。
宇野
当時のスウェーデンスタディ※1において、有効成分としてPTのみを含むワクチンと、PTとFHAを含むワクチンを用いた野外効果判定試験が行われ、PTのみでも高い有効性が確認されましたが、FHAが加わるとより高い有効性が確認されています。その後も他の抗原を含む組成の異なるワクチンの効果を調べようとしましたが、どの抗原を入れたら効果が上がるのか結論は得られていなかったと記憶しています。
岡田
そうですね。いまだにどの抗原をどのくらい入れたらいいか分からないなかで、PTだけはどのメーカーもきちんと入れていますよね。ただ、それも必要な量が明らかになっていない。そのなかで、PTとFHAの比率が2:8だとして、PTの量はどのように決めたのですか?
諸熊
それもアセルラーワクチンのタンパク量に合わせています。
宇野
アセルラーワクチンで感染防御・コントロールができたという実績をもとに設定していると聞いています※2
宮﨑
患者数や死亡数が減少し、ワクチンが効いているという判断があったのですね。
  • ※1 「スウェーデンスタディ」1)
    日本製の無細胞百日咳ワクチンの効果を判定するために、スウェーデンで乳幼児を対象にした野外試験が行われました。1987~1991年にかけて試験結果が報告され、PTとFHAを含むワクチンと、PTのみを含むワクチンはそれぞれ有効性が確認されました。
  • ※2 無細胞百日咳ワクチン導入後の効果2)
    1981年、日本では6つのメーカーの無細胞百日咳ワクチンが認可、市販されました。そのうち4メーカーのワクチンについて、それぞれのワクチンが90%以上接種されている地域を選び、接種率と百日咳の患者数の推移が調べられました。その結果、接種率が80%を超えていた川崎市と熊本県では、百日咳の届出が殆どなくなったことが確認されました。

ここまで、世界に先駆けて実用化された無細胞百日咳ワクチンの開発当時を振り返ってきました。ここからは、今後の百日咳対策における課題と戦略の方向性を議論していただきました。

百日咳対策における今後の課題と戦略の方向性

  • ※テーマ設定上、現在国内では承認されていない製品や用法・用量に関する記載が含まれますが、それらを推奨するものではありません。
    各製品の詳細および使用に際しては、電子化された添付文書をご確認ください。
製品ごとの概要および用法用量等の注意事項
DT(ジフテリア・破傷風) 定期接種(第2期)として11歳以上13歳未満に1回接種します
DPT 妊婦への接種は「有益性投与」とされています
四種混合ワクチン 小児に通常、初回免疫として3回、追加免疫として1回接種します
五種混合ワクチン
※日本では未承認
ジフテリア、百日咳、破傷風、不活化ポリオ、Hib 混合ワクチン
IPV 不活化ポリオワクチン
Tdap
※日本では未承認
思春期・成人用のDPTとしてジフテリアと百日咳の抗原量を減量したワクチン
園田
今後、定期接種ワクチンで使用している四種混合ワクチンが五種混合ワクチンになった場合、接種開始年齢を現在の生後3か月からHibワクチンに合わせて生後2か月にすることが厚生労働省から期待されています3)。前倒しになることで乳幼児の発症予防へ少しはプラスに影響すると考えますが、いかがでしょうか?
岡田
もちろんそうだと思います。ただ、それでも新生児は守れないので、妊婦へのワクチン接種をどうするかということが、世界中で求められていると思います。
園田
百日咳ワクチンの接種開始を生後2か月に前倒しすること以外に、コクーニングという考え方で、百日咳ワクチンを妊婦に接種する、あるいは就学前に接種する等が考えられますが、どれが最も効果的なのでしょうか?
岡田
米国のデータから、妊婦への接種が最も費用対効果が高いと考えられます。また、仮に生後2か月からの接種ではなくて、B型肝炎ワクチンのように新生児に接種できれば生後1か月までの子どもたちを守れるかもしれませんが、世界中どこにもデータがありません。もしそれが可能になれば、百日咳に関する課題が少し解決の方向へ進むのではと考えています。
宇野
ワクチン接種の対象、時期、そして回数については国内でも議論されていて、今お話があったように妊婦への接種、あるいは新生児への接種という意見がありますが、ワクチン接種後、ある程度の期間が経つと抗体価が切れてきて、どこかで追加接種をしないといけないという問題があります。現在、国内では就学前もしくはDT 2期のタイミングでDPTを追加接種するという議論がありますが、その点についてもお考えを聞かせてください。
岡田
就学前、そしてDT 2期のタイミングはどちらも必要でしょう。また、DT 2期のところで終わっていいのかというとそうではなく、ライフステージに合わせて10歳代以降、大人にも百日咳ワクチンが必要になるのだろうと考えています。国によって百日咳ワクチンの接種回数や間隔は違うのですが、少なくとも日本の今のやり方に限界がきていることは確かです。就学前、そしてDT 2期のタイミングで接種するというのは世界の潮流ですし、日本は乳幼児への対策はうまくいっていると思いますが、10歳代、成人、それから妊婦への対策はやや立ち遅れたと思っています。
宇野
ライフステージに合わせたワクチン戦略が必要なのですね。その場合、世代によって必要なワクチンも変わるのでしょうか。
岡田
世界的にDPTとIPVはあまり問題になっておらず、Tdapをいかに改良していくかというのが世界の流れだと思います。そういう意味では、妊婦用のワクチンを何とか開発してほしいですね。また、一企業だけで開発するのではなくて、国として妊婦への百日咳ワクチン研究班のような体制をつくり、産官学で進めないとスピードアップできないわけです。今でも新生児百日咳で国内死亡例が報告されていますし、海外でも同様です。新生児が亡くなっているという事実は、緊急性はないかもしれないけれど、重要性としてはしっかりあって、これは防ぐべきと考えています。優先順位はCOVID-19ほど高くないにしろ、引き続き取り上げてほしいという想いです。
宇野
開発の裏側には開発者の様々な苦労があり、また、多くの関係者の働きかけや支援があって今日に至っているのだと思います。なかなか前に進まない、進みづらいということもあるでしょうけど、私たち企業とアカデミア、そして国とが連携しながら、より良い予防接種制度を創り上げていければと思います。

(写真および所属・役職名等は取材当時のもの)

参考文献

  • 1)佐藤勇治. 小児感染免疫 2008; 20(3): 347-358.
  • 2)日本ワクチン学会編. ワクチンの事典 2004: 88-99.
  • 3)厚生労働省. 第47回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 予防接種基本方針部会 資料2. 2022(令和4)年1月27日.
    https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000888027.pdf

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